「今日もお疲れ様でした」
「ありがとう、テティス」
差し出されたお茶を受け取る。珍しく人が少なく、久しぶりにもらえた休日のような気分だ。のんびりとお茶を飲んで一息つく。
それにしても神官・巫女がいるのだから、ある程度の人たちを相手にしなければならないが。
それだけこの世界の『神』は『人』にとって身近な存在であり、相談役でもあった。
今日も遠くの地からわざわざ清水鏡宮にお参りに来た人たちに挨拶に来たりする。
(でもなんで神様がそんな細かいことに口を出さなければならないんだろ?)
そう思うのも仕方ないだろう。
しかし、宮はそうした寄付によって成り立っているところもあるらしく、参拝する人を無碍にすることは出来ないらしい。
(はっ、もしかして、前の神様は過労死!?)
こんな細かいことまで神様の仕事。
今は慣れない優花のためにそれ以外の大きな問題は神官長であるファーディナンドが処理しているらしいが、それも以前は神と神官長の話し合いで進んでいたという。
いつそういった仕事まで回されるのかと思うと、内心冷や冷やものだ。
「失礼します」
テティスとは違う声だ。「はい」と答えれば、控えめに扉が開かれる。
そこには何回か見たことのある若い神官が立っていた。
「なんですか?」
「あの、お休みのところを失礼します。新たに宮を訪れた方たちがいるのですが、神様にお会いしたいと」
「はあ……どういった要件なんですか?」
「結婚のお祝いに神様の言葉を頂きたい、とのことですが」
わたしに会ってもなんの御利益もないのに――と思うのだが、優花は仕方なく立ち上がった。
嫌だとごねても結局やらなければならないのなら、早く終わらせた方がいい。なんだかんだ言って自分の仕事はこなしている優花だった。
個人的に人と会う場合は、神殿の大広間でなく別の部屋であることが多い。呼びにきた神官に案内されながら、中庭に続いている部屋に通された。
今回の内容はとある商家の息子が結婚するということで、そのために祝福をもらいたいということらしい。
こんな所にわざわざ来るより、二人で幸せな家庭を築く努力をしたほうがよっぽどいいだろうに、とこれまた思ったが、思うだけで口には出さなかった。
優花の姿を見ると一瞬驚くものの、すぐに笑みを浮かべる。けれどその笑みは少々引きつっているのが丸分かりだった。
隣に立つ神官よりも頭一つ以上小さいし、顔立ちも幼い。「これが神?」と思うのは仕方ないし、その『子供』を頼りにするのは気が引けるようだ。
出来たらそのまま帰りませんか――と言いたいところをあえて我慢する。
「このたびは息子の結婚にお祝いの言葉の一つでも欲しく――」
「はあ」
思わず気のない返事をしてしまう。
それに喜んでいるのは少々小太りの中年の男性と女性で、その一歩後ろにいる青年と女性は浮かない顔をしていた。
若い方が結婚する本人たちだろうが、どう見てもこの結婚を喜んでいるように見えなかった。
「一人息子の結婚なので、是非、神様の祝福をと思いまして――」
「あの……少し席を外していただけませんか? お二人にお話をしたいので」
「え?」
「だから少し本人たちとお話したいんです」
本来なら事務的にこなす内容なのに、いつもと違う反応に神官たちも戸惑う。
「か、神様?」
「え? なにか問題あるの?」
「いえ……問題とかはないと思いますが……」
「もう今日は予定もないでしょ? なら、少し時間がかかっても大丈夫だよね」
「は、はい……」
いまいち納得できない表情で、でも止めることはできない神官たち。彼らを横目に優花は二人を中庭に連れ出した。
「お名前を聞いてもいいですか?」
中庭に出て部屋からある程度離れると、優花はくるりと振り向いて尋ねた。
なぜ自分がこんなことをしているのか疑問に感じるところもあったが、気になってしまったものは仕方ない。
「エラト、といいます。こちらはエリフィラです」
「エラトさんとエリフィラさん――ですね」
「はい」
二人が頷くのを見てから、優花は率直に話しだす。
「あの、二人ともこの結婚を望んでるんですか?」
「え?」
「……」
エラトのほうは驚いて、エリフィラは答えられずに俯いた。やはり何かある、と思えるような反応。
ふう、とため息をついてから二人をもう一度見て。
「あのですね、結婚のお祝いを――って言っても、当の本人にその気がなければ意味ないと思うんです」
「その気……ですか?」
「はい。二人とも、とても結婚するのが嬉しいって感じに見えないから」
二人の様子は、昔見せてもらった父と母二人が映る写真の表情と全く違う。
優花の両親は二人ともとても嬉しそうな顔をしていたのに、目の前にいる二人は浮かない表情をしていいて、とてもこの結婚を望んでいるように見えなかった。
「聞いていると思うけど、わたし、新米の神というか……神なんてやりたくはないんだけど……」
「はあ……」
「……ってのは置いといてですね。わたしがおめでとうって言うよりも、二人が幸せになれるように努力しなければ、幸せになんてなれないと思うんですよね。だけど二人にはその気持ちがないように見えるんです」
いったん言葉を切って、少ししてから「違いますか?」と尋ねる。
すると二人は静かに頷いた。
「実は僕たちは幼馴染なんです。小さい時から一緒にいて、互いのことはよく知っていると思います。仲もいいです。でも恋とは違う……そう思います。それに……」
「私には想う方が……今は離れていますが、その方を忘れられないんです。もう会えるかどうかさえ分からないんですが……」
「エリフィラのほうはそんな感じですが、傍から見たら僕たちはそれなりに仲がいいように見えます。しかも、エリフィラの両親が二年前に亡くなって、僕の家に一緒に住んでいるという状態なんです。そんな感じなので、いつの間にかに親が決めてしまった――というわけなんです」
エリフィラも面倒を見てもらっているため断るに断れず了承した、と付け足す。
「そうなんですか」
幼馴染で互いを知っている。しかも仲が悪いわけではない。でも結婚したいと思わない。
さらに女性には思う人がいる――となれば、やはり『おめでとう』などと言えない。
しかも本人たちがこの結婚を望んでいないのなら尚更。
「なら、わたしから祝福の言葉は贈りません。皆でよく話し合ってください」
「え……」
「理由は今言った通りです。本当にそれで幸せになれますか? わたしの言葉なんて気休め程度にさえならないですよ? 自分たちの未来です。だから自分たちできちんと話し合って決めてください」
少し突き放すように言う。
けれど、一生を左右するようなことを、赤の他人が勝手に決めていいものではない。互いに話し合って、そして結果を出すほうが望ましいと思った。
優花の言葉に二人は迷い、そして考え出す。それを見て優花は「頑張って説得してくださいね」と笑み浮かべた。
エラトたちを帰すと、先程の神官が心配そうに優花に尋ねる。
「あれでよろしかったんでしょうか?」
「分からないけど……でも嬉しくないのに『おめでとう』って言われても嬉しいと思う?」
「それは……。でも、神官長様にはどう言えば……」
神官長という単語に優花はうっ、と詰まる。
苦手、なのだ。あの仏頂面の唯我独尊の道を行く彼が。しかも仕事では一切手を抜かないのか、優花にも完璧を求める。
おかげで、いつも彼が側にいると、極度の緊張状態を強いられる羽目になる。
一応無理だの言い返すものの、ほとんど聞く耳もたずといった感じで、出来れば会いたくない人ナンバーワンの人だった。
しかし、自分のしたことで他の神官に嫌な役を押し付けることもできない。数秒考えた後、優花はため息をつきながら。
「いいよ、それはわたしが言うから……」
力なく答える優花に反して、災難から逃れた神官は笑顔で「お願いします」と答えて、すぐに優花のそばから姿を消した。
さてどうやって報告しようか、と考えようとした時に、思いきり扉が開いた。戸に手をかけている人物は問題の神官長で、しかもかなり怒ってます、というオーラが漂っていた。
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