優花は意を決してベルディータから視線を逸らさなかったが、少し震える声で訊ねた。
「この世界に初めて来たとき、ファーディナンドさんに戻る道が分からないって言われた。でも、ヴァレンティーネさんは、わたしの中に残っていた。……なら、還り方が分かるんじゃないの?」
亡くなったと思っていたヴァレンティーネは、実は優花の中で生きていた。
それなら、呼び出した本人に聞けば、還る方法が分かるのではないか――と。
優花は真剣な表情で問うと、ベルディータも神妙な面持ちで答える。
「確かに、ヴァレンティーネに聞けば、どの世界から優花を呼んだのか分かるだろう。だが、だからと言って還せるかどうかはまた別の話になってくる」
「別?」
「そうだ。見つけ、連れてくるだけなら多少の無理を通しても何とかなるだろう。だが、還す場合は、その間にあるものも考慮しなければならない。それに世界を渡るにはいくつかの制限もある。ヴァレンティーネは時間がなかったため、連れてくるのに夢中だっただろう。だから、還すときの『道』をしっかり覚えているのか不明なのだ」
「還る……道……」
この世界と地球との間に、どれだけの世界がどのように存在しているのかわからない。
また、世界を行き来するのに必要な条件なども。
「還れ……ない、の?」
「すまない。『還ることは可能だ』と安易な答えはできない」
確実性がなければ、元の世界に戻すと断言できない。
不確実な答えは優花をぬか喜びさせるだけだと、ベルディータは辛い現実を告げた。
優花はベルディータの答えを聞き、一瞬顔を強張らせたが、すぐに落胆した表情に変わった。
「そっか。わかった」
無表情に答えながらも、優花の心の裡は複雑だった。
日本に還りたい気持ちがないわけではない。けれど、この世界に対して思い入れをしている所もある。
特に、この中途半端な状態で戻る気はなかった。
が、完全に戻れないとなると、やはり複雑な心境だ。
だから。
だったら。
「……なら、ここに居る必要がないとか、言わないでよ」
「ユウカ?」
「そんな風に言われると、必要ないように思っちゃう。……わたし、それでなくてもみんなより取り柄もないのに、ベルさん達に少しでも『役に立ってる』とか『必要』って思われないなら、どうしていいのか分からなくなるよ……っ」
最初は小声で、けれど途中から感情が表に出て激昂する。
この世界の神に呼ばれたという自尊心はない。けれど、勝手に呼んだくせに、不要と言われるのには耐えられない。
ベルディータからの返事を聞きたいけれど、聞きたくない――そんな気持ちが表れてか、優花は耳を塞ぐようにして目をつむって俯いた。
耳を塞ぎ目を閉じた優花に、ベルディータは一歩近づき、耳を塞いでいる優花の掌を自分の掌で包んだ。そっと、優花の掌を耳から外し、ベルディータの声が聞こえるようにする。
「……」
「すまなかった。配慮に欠ける言い方だった」
淡々とした口調のベルディータに、優花は余計に苛立ちを感じる。理不尽な怒りだと思っているが、一度火が付いた感情は止められない。
「そんな風に言って欲しいんじゃないっ! そもそも、なんでわたしなの!? 夢の中でヴァールさんに言われた時も無理って言っていたのに! こっちに来てすぐにファーディナンドさんにも何の力もないって言ったのに! どうして、わたしはここに居るの!?」
この問いは、優花の中でいつまでも消えないまま、頭の中で堂々巡りをして、答えが見つからない。
そして、答えを知っているヴァレンティーネは何も言ってくれない。
それが、今回のことで感情を抑えきれずに、ベルディータに八つ当たりする形で出てきた。
違う。
今まで心の裡にあったことは確か。けれど、表に出すこともなく、我慢できた。
今までの差は、優花の友人たちもこの世界に来ているのを知ってしまったこと。
連れてきてしまった罪悪感、日本へ還さなければという義務感、そして郷愁――それらが優花の不安を募らせた。
そして、その不安はベルディータに向いた。
「ユウカ……」
これほどまでに激昂する優花を見るのは初めてだったベルディータは、思わず目を見開き言葉に詰まる。
腕を掴まれたまま涙が零れるのを堪えている優花と、ベルディータの視線が交わる。
先に相手の視線に耐えられなかったのはベルディータの方だった。優花の腕から手を放し、そっと目尻に触れ溜まっている涙をふき取った後、優花の体に腕を回し抱き寄せた。
「泣かないでくれ。必要ないなど欠片も考えていない。ユウカにはここに――いや、傍にいて欲しい」
「うぅ……だったら、そんなこと、言うなぁ……」
居る必要がないと言われて傷つき、傍に居て欲しいと言われて嬉しく思う。
ベルディータの言葉に一喜一憂して、癇癪を起して文句を言って――今までこんな風に感情を向けたことはなかった。
慎一とは一つ年上の幼馴染として、やんちゃな性格をした彼を宥めるために言い聞かせるようなことは何度もあった。
涼子やまどかは友達として楽しく会話することはあっても、喧嘩しあうようなことはなかった。
右京に対しては、先輩だし昼時しか接点がないため、普通に会話するのみだった。
もともと日本人で周囲の雰囲気を察しながら会話することは多かった。
それでなくても、優花は他人より秀でているところが少ないと思っていたため、なおさら自分の主張をすることは少なくなっていた。
優花の何となく相手が思っていることを察するという特技?のせいもあったかもしれない。
でも、ベルディータには――
(この違いって何だろう?)
自分で抑えられない感情を、ベルディータにだけ向けてしまう。
ベルディータが大人で、優花の癇癪に怒らないから? だから気軽に言える?
(それも違う気がする。ベルさんは、ベルさんだけには……)
ベルディータの胸に顔を埋めながら、優花にとってベルディータの存在は今まで出会ったほかの人とは違うのだと、改めて感じた。
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